暗い岩屋から抜け出すために

コンビニというには少し抵抗のある酒屋なのか、パン屋なのか、

八百屋なのかわからないひなびた総合食料品店の店先に

店主の趣味なのか大きな水槽が置いてあります。

 

赤や白のヒラヒラと泳ぐ金魚の水槽とは別の水槽にひとりぼっちの生物。

どうやらナマズのよう。

岩と岩の間にじぃっと身をひそめ、

こちらが水槽に顔を近づけてジロジロ見ても微動だにしません。

 

山椒魚・・

井伏鱒二の作品を思い出しました。

 

山椒魚は悲しんだ・・

で始まるこの物語はぼーっとしている間に大きくなりすぎて

岩屋から出られなくなった可哀想な山椒魚のお話です。

 

「何たる失策であることか」

とうめいた山椒魚の後悔、焦り。

 

なぜぼーっとしていたの。

多分そこが安心できる場所だったから。

安心ってなぁに。

与えられた場所で言われた通りのことをして誰かにほめられること。


そう、人間ってほめられるとうれしい。

でもほめられるためにはいい子でいなくちゃいけない。

 

いい子でいるってぼーっとしていることと同じこと。

自分で考えなくてもいい、誰かが言った通りのことさえしていれば

いい子ね、お利口ね、ってほめてもらえる。

 

でもほめてもらう代償に考える力を奪われる。

自由な行動を制御される。

抜け出せなくなって初めてわかる暗くて狭い世界の哀しさ、

自由の尊さ。

高価な代償を支払って得るものは無気力、自信のない自分、

そして絶望。


もっと広い世界に出てごらん。

身を守りたければ隠れていないで武器をもちなさい。

広い川を泳ぐために自由自在に使いこなせる武器を持ち

自分の意志で泳ぐんだよ、

と水槽の中のナマズに心の中で語りかけた昼下がり。