誰かの役に立つこと

ほんの少し水面から顔を出した意識の上で

あっぷあっぷしながら潜在意識の海でほぼ溺れかけている日常。

 

誰かの役に立っていますか。

 

誰かの役に立っていることを実感するって力がみなぎってきます。

 

でも、寝たきりのお年寄りや赤ちゃんは

誰かの役に立つ行為や行動なんてできません。

それでも小さい時の自分を可愛がってくれたおばあちゃん、

生まれたての泣いてばかりいる赤ちゃんだって

立派に周囲の人間の役に立っています。

それは「存在」。


そこにいてくれるだけでいい「存在」。

 

自分は誰かの役に立つ「存在」になっているのかな。

 

家族の中では出来の悪い「存在」だったり

おりこうさんでなければほめてもらえない「存在」だったり。

 

とても「存在」だけでは自分が人の役に立っているとは思えません。

 

だから一生懸命行動します。

誰かのささやく「あなたのため」という言葉の裏に隠された

「わたしのため」という事実に気がつくこともなく、

ほめられたい一心で、認めてもらいたい一心で。

 

それは「自分のため」の人生ではなくて「誰かのため」の人生を

生きているということ。

 

「存在」だけで誰かの役に立っていることを実感するたったひとつの方法。

 

それは、家族の中でも、友人の中でも、社会の中でも

対等の関係を築いてゆくこと。

 

「誰かのため」に行動するのではなく

「自分のため」に行動することが自信につながります。

 

その自信はめぐりめぐって人の幸せにつながります。

 

「存在」だけで人を幸せにすることができるように

自信を持って行動できる人間に私はなりたい。

 

「自分のため」に太陽の光をふんだんに浴び、

雨の恵みを受け、太い幹を育て、思う存分に枝葉を伸ばしたこの木が、

人々を日照りから守り、寄りかかる安心感を与える木陰を作ったように。