実体のない影

すっかり腰が曲がってはいるが、しっかりとした足取りで歩く。

シルバーカーの助けを借りてはいるが、目的をもった足取りだ。

 

老女の長い長い人生の足跡と同時に

これからの自分の人生に思いをめぐらせる。

歳を重ねれば重ねるほど

影のように襲い来るであろう喪失の哀しみ。

家族を失うかもしれない、夢や希望を失うかもしれない、

信じていた友人に裏切られたり、

お金や仕事、健康や身体的機能も徐々に失われていく日々を呪うかもしれない。

受け入れがたいことに

怒りに身を震わせることも、泣き叫ぶことも、

すべてをシャットアウトすることもあるだろう。

 

それでも日は昇り、一日が始まる。

シルバーカーに買い物袋をぶらさげ、

生きてゆくために老女は歩く。

 

すべてを受け入れた時

実体のない影に怯えることもなくなる。

 

これから何を失っても後悔のないように

しっかりと自分の影を落としながら

今を生きてゆくために歩く。